階段をひとつ
ふと明け方に目を覚まし
私は思い立ってこのブログを開設した。
迷うことなくはてブ
アメさんはなぜか無意識が避けた
時間は朝の4時半頃か・・・
しばらくすると
スマホがブブブ
母からのLINEが届く
今ブログであなたのことを書いている
その時に
母と共鳴していると感じる
短い言葉
「熱が上がっていない!」
前日までの
「(調子は)あまり」
「くるしみちゅう」
という言葉と明らかに違う
よかった。と、私は胸を撫で下ろす
前日に仲間にお願いした遠隔のレイキが
届いたのだ
素直に私はそう思った
誰かを想う 優しいエネルギー
私の大切な人たちから頂いた愛情
先週末の母の様子はこれまでの入院と明らかに違った
顔のむくみ
高熱
飛ぶ意識
正直にこれはまずい・・と感じた。
私は高齢者の方と過ごす時間が
ライフワークの中で持っている
月に1回という限られたものだけれども
かれこれ12−3年は続いている
その中で学んだことがある
高齢になると
体調を崩し
ひとつ階段を降りると
その階段をまた昇ることは
とても難しいことだということ
若ければ体力の回復はすぐにできる
しかし高齢になるとその回復すら
大変な努力を要する
ひとつ階段を降りるという事は
人生のステージが変わる事でもある
あの苦しむ母の様子は
まさしくいま
その時期なのだと
私自身が覚悟をした瞬間だった
※※※
1ケ月近く前に
このブログを書くきっかけとなる出来事があった
「バケツリスト」・・・・
母の夢を一緒に叶えようって。。。